[ アクココロ 01 ]




 果たして、財宝に何を求めていたのやら。
 見渡す分には平和そのものの(そこいらにいるモンスターを見なかったことにすれば、だが)草原の財宝を手に入れ、再びグレイは無に戻った。
 日々は退屈だ。彼の胸中には何もなく、行動しようにも次の目的がない。

 片手にはさびた刀がある。
 何故そんなものを拾ってしまったのか。
 声に導かれ、などというのは聞こえはいいかもしれないが、自分の耳にのみ届く声など他者にとっては気味悪い以外の何物でもない。他人に奇異の目で見られたいとは誰しも思わないだろうし、グレイもまたその程度の普通の感覚ならば持ち合わせている。
 故に、彼は刀の言葉を「何でもない」の一言で片付けた。
 グレイの態度は共にこの地にやってきた聖騎士と女術士にとって珍しいものでもなんでもなく、あっさりと受け入れられる。彼がそう言うなら何でもないことで、もしくは絶対に立ち入られたくない不可侵の領域を指すのだ。
 グレイの気のない言葉に免疫を保たない刀がうるさく騒ぐものだから、やむなくリガウの鍛冶屋で希望通り鍛え直してやった。刀は満足そうだ。
 
 何故それを捨てなかったのか。
 グレイを動かすのは彼自身の興味だけだった。
 興味さえあれば辺境の地に入り、わずかばかりの食料と水分で身を保たせながら、探検することも厭わない。今度こそ死んだかと思ったのも一度や二度の話ではない。今日まで命を長らえさせているのは幸運なのか、余程の悪運なのか。
 死に場所を求めて旅をしている厭世的馬鹿者ではないが、安寧なベッドで死を待つよりかはマシかと彼は思う。何にしても生にはしがみつくつもりだった。いつか面白いことが起きる可能性を一つ一つ潰していくのは、今の退屈さを遙かに飛び越えてつまらないことだ。
 人間いつしかは死ぬものだが、今は頼まれても死んではやらない。
 刀は、予感だった。
 何もない今よりは、物言う刀の方が退屈を紛らわしてくれるはずだ。
 最終的にそれが何に化けるのかも見てみたかった。それまではこれが天使でも悪魔でも構わなかった。
 
 
 
 リガウ島からはメルビルへの直通船以外出ていない。
 漁師たちが出す船もあるが、せいぜい島付近の小島に向かうくらいのものだ。あんな小舟で海賊の出没するサンゴ海を渡りたがる者はいない。よってリガウから他の地に向かうためにはメルビルを経由するのが楽で早い。
 メルビルは国の東方に広がる森を象徴するように、木材で建築された都だ。クリスタルシティのように洗練された美しさではないが、昔ながらの技法で複雑に組み合わされたブラウンの町並みは、確実に年輪を重ねてきた帝国の長き歴史とその皇室を象徴している。
 国の西方は東とはガラリと雰囲気を変え、豊富な鉱物資源を有す鉱山地帯となる。帝国がどうにか体裁を整えていられるのは東方、西方の異質な特産物の担う部分が少なくない。また、歴史を最も象徴するのが世界最大にして唯一の図書館である。衰退しつつある帝国ではあるが、その知識においては他国の追随を許さず、それは帝国に残った最後の誇りとも言えるものだった。
 
 船から降り立った一行は早速これからの相談を始めた。
 満足できるだけの稼ぎを得たガラハドとミリアムはそれぞれ故郷に戻って、技を磨くつもりでいるらしい。
 さて、とグレイは服の汚れを払う。
 これから一体どうするか。楽しめそうな情報はなく、依頼もない。旅の道連れは古びた刀一本で、それも今のところは面白い状況を作り出してはくれそうになかった。
 もう何年も立ち寄っていなかったメルビルは、記憶と同様の姿を留めているばかりで、相変わらず退屈そうだ。
 とはいえ勢いを失った帝国にはよくない噂も増えてきたようだから、案外悪くない話が転がっているかもしれない。
 
「グレイはこれからどうするの?」
「……俺は、しばらくここに残る」
「ふぅん、そっか……じゃ、ここでお別れだね」
 
 ミリアムが名残惜しそうにため息をつく。
 初とも純粋とも縁がないグレイはミリアムの好意くらいわかっていたが、別段興味はない。女として興味があるのならパーティになど誘わないし、ミリアム自身も心底グレイが欲しいわけではないのだろうと思っていた。何度か「旅の連れには目の保養になる男が不可欠」と漏らしていたとおり、ミリアムの興味はどちらかといえばグレイの容姿の方だった。
 自分の容貌にさほど頓着していないが、昔から女に好まれる顔立ちなのは確かで、酒場で誘われることも少なくない。面倒と秤に掛けて、面倒が勝てば彼は存在から無視する。面倒に勝てればそれなりに、だ。どうしても必要ならば、買った方が楽でいい。
 
「元気でな。またいい話があれば聞かせてくれ」
「あぁ」
 
 ガラハドがミリアムと連れ立って、先を行く。
 
「グレイはこの地の出身なのか?」
「知らない。彼、全然話してくれないんだもん」
 
 会話が耳に入ったが、グレイは聞かなかった振りで見送る視線を重厚にそびえる都に向けた。
 
 
 
 
 
 
 二人がメルビルを出て、ローバーンへ続く道に進んだ頃、ようやくグレイは港から都市の中心部に向かって歩き出した。
 ガラハドの言葉通り、グレイはバファル帝国出身だった。正確にはメルビル育ち、というのが正しい。実際の生まれは、先日まで宝を求めて冒険していたリガウ島……らしいが、本人にその記憶はなく、幼い頃バファル帝国に渡ってきた、ということだけ覚えている。そのとき、傍に父と母がいたかは定かではない。船の難破や海賊の強襲にあって両親が死んだのだとしても、また幼いグレイを捨てて新天地を求めたのだとしても、グレイは一向に気にならなかった。気付いたときには一人だったように思うし、今の彼が望む生活では過去の影などない方が好都合だった。元いた自分というものはもう死んで、単なる冒険者グレイだけが残ったのだ。
 だからリガウも故郷というよりも宝の眠る島に過ぎない。
 とりあえずは宿でも取るかと、グレイは広場に面した安宿に足を向けた。二階にも宿はあるが、そちらは高級宿だ。眠れる場さえあればいいグレイには関係のない場所だった。
 広場は町の中心部にあり、そこから伸びた階段の先には皇帝の住まうエリザベス宮殿がある。そこもまた木造の重厚且つ優雅な建築物だが、もちろん一般人が簡単に入れる場所ではない。入れたところで興味を引くものもなさそうだと、グレイは目を逸らす。
 
「グレイ!」
 
 一度止めた歩みを再び開始したところで呼び止められ、グレイは不審に思った。
 この国に彼を知る者は……特にグレイという名を知る者は少ない。
 面倒は避けるに限る、と立ち止まらず振り返らずで、目的地に向かって歩き続ける。
 やがて声の主は背後から正面へと走り込んできて、軽く片手を挙げた。
 
「グレイ、久しぶりだな!」
 
 銀色の髪と少し派手な青の服、首にはジャラジャラと鎖を掛けている。
 人の良さそうな顔で笑いかける姿は、危険性を微塵も感じさせない。
 
「俺だよ、ジャンだよ!」
 
 やれやれとグレイは声の主を冷めた目で見る。
 変わらぬ町で変わらず目立つ男だ。
 会って早々、ジャンはグレイに仕事を依頼すると言い出した。
 ある訳有りの女性をそれとなく守ってくれ……という話だったが、言いにくそうな素振りでいるのを見れば、ただごとでないことは一目瞭然だった。つくづく隠し事には向かない。
 確かジャンは帝国の親衛隊の一員だったはずだ。
 皇帝の守りの要たるジャンが何らかの事情で知り合った訳有りの女性を、たまたま今日立ち寄っただけの一介の冒険者に過ぎぬグレイに託す……隠そうとはしているものの、どんな種類の女か想像はつく。ただの女ならばここまで切羽詰まった様子は見せないだろうし、自分の女を人に託すような男でもない。
 帝国はよほど人手不足らしいなと呆れて、グレイはもう一度階段の先を見上げた。
 
「女か」
 
 女は面倒だな、と内心は思う。
 しかし断ればジャンがその目立つ形でガックリ肩を落とし、そのまま新たな人間を探しに行くことになるだろう。
 そんなことに奔走している間に、身の危険が迫っている女などあっさり命を取られてしまいそうだ。
 グレイはしばし考えを巡らせ、今か今かと答えを待つジャンに承諾の意志を伝える。
 さしあたってすることのないグレイにとって、悪くない話だった。
 
「よかったよ、引き受けてくれて。もちろん金は払う」
 
 懐から取り出されたのはずっしりとした重みを感じさせる麻袋だった。中身は1000金、それを素早い動作でグレイの手に落とした。
 ジャンにしては大金だと思われる額に、やはりなとグレイは眉を顰める。
 あれば使う男がこんなに貯め込んでいるはずがない。故に金の出所は別……帝国であったとしても不思議はない。
 
「早速案内しよう。とても美しい方なんだ、びっくりするぞ」
 
 ほっとしたらしく、冗談めいた口振りでジャンはグレイを護衛対象の元に連れていく。
 どこにいるかと思ったら、なんてことはない。グレイが向かっていた安宿がその女の滞在していた場所だった。身の危険が迫っている女にしては随分ざっくばらんな場所にいるものだと思ったが、彼女自身は露知らぬことであると思い出した。ジャンとしては懸命に考えた場所なのだろう。まぁ無難といえば無難だ。誰が泊まろうと気にせず、誰もが泊まるから、大人しくしてさえいれば注目を受けにくい。
 
「クローディアさん、あなたに紹介したい男がいるんです」
 
 無言で女は振り返る。
 確かに美しい女だった。
 ブラウンの髪はこの街の色ともよく合い、姿勢の良い背はそのまま滑らかな曲線を描いて足に至る。身を守るように片手を置いた胸の膨らみは女が見ても羨むものだろう。瞳も口唇も強い意志で彩られ、本当に庇護が必要なのかも訝しい。
 女と呼ぶには、何か足りない印象があるが、それは女特有の生々しいいやらしさを感じさせない辺りだろうか。
 年齢的には成熟しているようだが、雰囲気は少女……むしろ男女の別のない子供といったところだ。
 そして何よりも冷たさに射抜かれる。拒絶の意志をはっきりと込めてはいても睨まれたとは思えぬ、この身を通り抜けていく視線。
 決して不快な視線ではないな、というのが感想だった。あれだけ美しい瞳ならば射抜かれようとも悪い気はしない。
 しかし、感じるものはそれだけではない……彼女は冷たさの裏で脆さに揺れている。この瞬間にも、逃げ去ってしまいそうだ。
 その様子がグレイに子供を連想させているようだった。
 
「この男はあなたの護衛……いえ、ガイド。そう、ガイドのようなものです!」
 
 考えなしが考えなく紹介しようとするから、うっかり本音が出てしまっている。
 
「確かにお前の言うとおり、美人だな」
「うわっお前なんてことを! クローディアさん、これはその違うんです! もう全く全っ然気にしなくていいですから! ま、まいったなぁ」
 
 ジャンの慌てた様子にも眉一つ動かさず、彼女は思案を続けている。
 照れるでもなく、怒るでもなく、その他の反応一つもないままで、置いてけぼりを食らったジャンはそわそわと彼女の返答を待つ。
 仕事を依頼するくらいだから『ガイド』の話くらいしているのかと思っていたが、ジャンを高く評価しすぎていたらしい。戦闘以外はからっきし、という彼の行動が全て後手に回るのはよくある話だ。思いついたものからこなしていくからそういう羽目に陥る。
 
「護衛はいりませんけど、ガイドなら」
 
 意外にもクローディアという女はジャンの申し出を受けた。
 グレイ同様、断るのは面倒だと思ったのだろうか。
 1000金を受け取ってしまった以上、その分の仕事はこなすつもりだった。受け入れられなかったのなら、陰で危険が及ばないようにすればいいと思っていただけに少し拍子抜けしてしまった。面と向かって守れるならばそちらの方が仕事もやりやすい。当面はガイドとしての役割を担うことになるだろうが、共に旅をする以上少なくともかばうという行為は自然に見える。
 
「よろしく、お嬢さん」
「お嬢さんはやめて。私には名があるの、呼びたいのならそれを使って」
 
 彼女は不快に思ったのか、冷たさの代わりに怒りを込めた意志を声に乗せてくる。
 反応は薄いものの、感情がないわけではないようだ。
 
「行きましょう」
 
 グレイはわざとクローディアの名前を呼ばず、彼女を促す。
 呼ばなかったこと自体には不快を示さず、クローディアは頷いて宿を後にし、グレイはそれに続いた。
 
 目的地は、まだない。
 しかし多少は楽しめそうだ、とグレイはクローディアの背を見つめて思った。










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話はゲームの進行に合わせますが、台詞は合わせません。
好きなこと言わせていきます、というかぶっちゃけ覚えてられません。
ゲーム中にはないですけど、あのジャンならクロ嬢に対して「美しい」を連発すると思う。





2005.7.23