[ アクココロ 02 ] 相手が何をしたいのか、など出会ったばかりではわかるはずもない。 交わした言葉は先程の短いやり取りで全て終了。 グレイは余計な会話を好まないだけで必要ならば厭うこともないが、彼女のは単なるだんまりだ。黙々と進むだけで、どこへ行くとも行きたいとも口にしない。 こちらから次の行動の標を示そうにも彼女を守る以外にすべきことは何もなく、とりあえずはクローディアの好きにさせてみることにした。 何か目的でもあるのなら、それに従うまで。 ガイドならばと受け入れただけあって、都会に来たのは初めてらしく、足取りはしっかりしていても、視線はあちこちを彷徨う。 物珍しさもあるようだが、何か……もっと別のものを感じる。道に迷っているわけではないが、それに近い。 クローディアの歩く先には、メルビルの正面口がある。 陸からの旅人を迎え入れる入口は衛兵に守られてはいるものの、余程怪しい形を……つまり海賊やひとさらいの類でない限り自由に出入りが可能だ。もちろんそれは表向きの話で、町中に張り巡らされた下水道を通じての危険人物の侵入は日常茶飯事だった。 故に、賢明な者なら下水道には近付かない。 広場から真っ直ぐに伸びた道の先端が門にあたり、両側にはまるで流行っていない土産物の店が並ぶ。そのどれにも興味がないようで、先程まで連れとしていたミリアムならばあっという間に捕まってしまいそうな装飾品に目もくれず通り過ぎた。 このまま無言で出発する気なのか確かめようとやむなく声を掛けようとしたところ、彼女がメルビルの外へ一歩足を踏み出した。途端に茂みがガサガサと音を立てる。 刀に手を掛けて、音の方向を睨み付けた。何者かの襲撃か、音は囮に過ぎず、死角からやってくるのか。 謎の理由で命を狙われているらしい女……クローディア自身は音の出所などお構いなしに茂みへと近付いていく。 舌打ちをして後に続くと、彼女は茂みに向かって手を差し出した。 緑の合間から覗く茶色の大きな物体に、刀を抜きかけたグレイの手が止まる。 「グレイ、私も紹介するわ。シルベンとブラウよ」 茂みをかき分けて、二頭の獣が彼女の背後を守るように現れた。 狼と……熊、に見える。 二頭とも肉食動物として知られているが、クローディアは獰猛な獣に対する態度ではなく、所謂友人に対するそれを垣間見せる。 「町では目立つから……外で待っていてもらったの」 近付くことすら許さぬ尖った刃もなく、視界に映ることすら拒否する鎧も取り払い、険のない瞳で愛おしげにその身体を撫でる。 その姿が呼び起こした言いしれぬ感情に、何故か鳥肌が立った。 口唇に歯を立ててそれを追い払う。 馬鹿馬鹿しい、お前は一体何を目にしたつもりだ? 振り返ってグレイを見つめる瞳は再び閉ざされた色に戻ったが、そんなことを気に留める必要はない。しばらく道を共にする、といってもそう長い話ではないだろうとグレイは踏んでいた。ガイドとしての役目以外を求めていないクローディアが、いつまでも自分といることを望むとも思えなかった。だいたい、ジャンは1000金ぽっちでいつまで守らせようというのだ。 ジャンの勢いに押されて、期限の取り決めをしそびれていた。今から追いかけていっても構わないが、「出来る限り長く頼む」という返事が容易に浮かんで、その気も失せる。 今日はともかく、こちらも延々と暇なわけではない。面白そうな話があれば離れていくことくらいジャンにもわかっていただろうし、クローディアに話を付けて別れることも難しい話ではないだろうと思う。 「珍しいな。よく慣れている」 「……あなたが私と行くつもりなら、彼らのことを理解してもらわなくては困るわ」 冒険者としてもう何年も旅しているが、動物を連れとしたことなど一度もない。 そもそも物事に懐疑的な質であるグレイは、人以外の生き物と意志疎通を図るなど考えたこともなかった。 仮にそれが可能だったとして、戦いに対する楽しみや強さへの渇望、目的を持たぬ動物に何が出来るのか、という疑問が残る。彼らの内にあるのは「生きる」という意志のみだ。 とはいえ目の前の動物たちと言葉を交わすように触れ合う娘の姿を否定できるだけの論を持ち合わせているわけでもない。 クローディアが理解しろと言うのならそうすることも仕事のうちだ。何も大仰に受け止めることはない。 「足手まといには……なりそうにないな」 グルルと唸る二頭を見て笑う。 面白い、とグレイは密かに呟いた。 戦う気のあるものは嫌いではない、それが人間でなくても。 世界を見てきなさいと言われたから、とクローディアは旅の理由を話した。 話したというよりも、漏らした、という方が似合いかもしれない。何しろ、本当にその一言以外口にしなかったのだから。 信用されていないらしい、とグレイは冷静に判断する。 出会ったばかりでは仕方あるまい。クローディアが彼に出会い、彼を信頼して仕事を頼んだ訳ではないのだから。あくまで依頼人はジャンで、クローディアはジャンの言葉を受け入れたに過ぎない。 故郷を初めて出てきた田舎娘……にしては、立ち振る舞いには品があり、言葉もまるで訛っていない。発音の美しさはまるで貴族の令嬢のように教育されたものに思えた。 彼女には説明されなかった秘密があったが、それについて詮索しようとは思わなかった。ジャンもまた過去の付き合いでわかっていたらしい。頭はよろしくないが人の感情には聡い男だ、冒険者としての腕前だけでなく自分の性質も踏まえてクローディアを託したのにも頷ける。まぁ、渡りに船、という部分もなきにしもあらずだが。 特に目的がないのはお互い様のようで、となると必要なのは行動の指針としての情報になる。 どこへ行ってもまずは酒場に向かえ、とグレイはクローディアをメルビル二階にあるパブへ連れてきた。 酒場と呼ばれているものの、朝となく夜となく旅人が利用するこのスペースはどちらかといえば情報交換の場としての意味合いが強い。腕に覚えのあるものが自然と集まり、厄介ごとの解決に力を貸してくれという依頼も酒場に持ち込まれることがほとんどだ。 ジャンから報酬として1000金をもらってはいたが、二人と二頭ではすぐに食いつぶしてしまうのは目に見えている。これから先、何が待っているかわからない以上彼女の貧弱な装備もいいものにしてやらねばならないだろう。 もちろん、その分はきっちり働いてもらうつもりだった。護衛は不要という言葉は自信の現れか、実用的な狩り弓は飾り物ではなく、なるほど手にも慣れている。多少は使えそうだと見る。旅の供である獣たちも彼女を守る気でいるらしく、役に立つのならばそれに越したことはない。 所持金を頭の中で計算する。 リガウでの稼ぎも含めて残りは2000がいいところだ。こうして考えると稼いだつもりでも、大した額にはなっていない。グレイには早急に仕事が必要だった。 何かめぼしいものはないかと店内を見まわす。張り紙なり、依頼人なりがいれば、交渉に持っていけばいいのだが、それをクローディアに任せるには向き不向きというものを無視しすぎている。交渉までもがガイドの仕事に入るかはともかく、人にも町にも慣れていない娘よりかは冒険者であるグレイの方が依頼人としても話をしやすいはずだ。 「……大変そうね」 背後で零れた言葉にグレイは振り返る。 一枚の張り紙を凝視して動かないクローディアが視界に入った。張られたばかりらしく、真っ白い紙は他の黄ばんだものよりはやや目立って見えた。 クローディアの肩越しに手を伸ばし、鋲で留められた張り紙を柱からピッと破り取る。 「これに興味でも?」 「……助けてあげられるなら、そうしたいわ」 ろくな仕事ではないように思った。 娘が行方不明だという宿屋の張り紙……面白そうなところは微塵もない。 大方夜遊びでもして、男友達の家にでもいるのだろう。 騒ぎ立てるようなものでもないし、数日帰ってこないのなら、もう「いない」可能性も否定できない。 受けたところで苦い思いをするだけとも思えたが、クローディアがそうしたいのならグレイとしては従うほかなかった。 反対したところで「だったら一人で行く」の一言で勝手に進まれ、結果的に手間を一つ増やすことになるだろう。 全くガイドなど面倒な立場になったものだ。 「わかった。話を聞いてみよう」 振り出しに戻るも同然かと思いつつ、グレイはクローディアをともなって元来た道を戻ることにする。 町の案内をするにも同じ場所を行ったり来たりでは、言葉も尽きる。 新たな仕事の出発点は、先程までクローディアが滞在していた宿屋だった。 一時間ほど前は客だったが、今度は違う。 宿を出るときには見せなかった悲壮さを主人は全身に漂わせた。 かまってやらなかったからか、と後悔していたようだが、人などいつもそんなものだ。過去に嘆いて、取り戻すことを願う。 過去を見ている間は現在を忘れられるからな、と胸の内では主人の言葉にまるで共感していなかった。 「期待は、するな」 釘は刺して置いた。 主人はビクリと肩を震わせたが、あとで泣きつかれるよりも覚悟を決めてもらった方が余程いい。 女ならばともかく、男に貸す胸など持ち合わせていなかった。 もちろん彼女の意志に関わらず、クローディアの胸を貸してやるつもりもない。何から守ればいいのかは知らないが、大切な娘らしいから男からも避けておいた方が無難だろう。 人を拒むこの娘がそんな行動に出ることも、許すこともないだろうが。 傍らに立つクローディアは湖面のように静かながら、美しさをたたえている。同情している素振りはなくとも、この仕事を望んだのは穂かでもない彼女だ。何か、思うところがあるのだろう。その正体を彼女自身もわかっていないのかもしれない。だから同情を見せず、淡々とした瞳でこの男を見つめるのだろうか。 「話は終わりね……行きましょう、グレイ」 「そうだな」 実のない相づちを打って、二人は宿を出た。 「探す、と言っても材料が少なすぎる……闇雲に歩いても無駄だな」 主人の話は張り紙同様薄っぺらく、役に立たない。 他の仕事のついでにでも情報を集めた方がまだ有益だ。 「娘のことなのに、あの人は何も知らないのね」 「男親などそんなものだ。娘と言っても女だからな、気持ちなどわかりようがない」 「そういう、もの?」 「俺も娘はいない。知らないものはわからんな」 クローディアは初めて……想像すらし難いレベルであっのだが……驚いた仕種で素早くグレイに振り返った。 「……あなたから言われると、不思議な気がするわ」 「俺に子供がいるように見えたか、君には?」 もしそうなら、それは少々、いや大いに得心のいかないことだった。 26という年齢ならば一人や二人いても不自然きわまることではないが、それにしても、である。 子供と戯れたり、愛情を注ぐ姿を彼女は想像できたというのか? 少なくとも血の匂いを漂わせる無愛想な人間に子供が懐くわけはないし、彼自身も昔は子供であったことを有耶無耶にして好きではなかった。自らの血を分けた子供、などそれこそぞっとする。 「いえ、そうではないの……まるで、冗談のように聞こえたのよ」 妙なことを言うが、クローディアは思ったことをそのままに口にしたようだ。 それ以上話すことはないようで、また黙ってしまった。 グレイが何かまともな返答でもすればなにがしかの会話になっただろうが、あいにく彼自身も面食らって言葉が出ないところだった。そんな状況は珍しいだけに、しばらく呆けてしまった。 「どうするの、これから?」 ブラウンの長い髪をかき上げて、クローディアはグレイの反応を待つ。 一拍遅れて、グレイは次の行動を提案しようと、した。 「……!」 ただならぬ殺気にグレイは目を見開いた。 贔屓客のご登場、というわけか。 一般人の振りをして正面から堂々と現れるとは、最近の暗殺者はどうかしている。足音もなく、影もなく、気付かぬうちに近付き殺す美学はどこへやってしまったのか。 依頼者の程度も知れてしまう。 「アンタの」 男はよたよたとしながらも、着実にこちらに近付いていた。 「連れにさ」 既に知られているようだ。 目立つ形と行動を悪気なくとるから、ジャンは始末が悪い。 もう少し自分自身を理解しておいてもらいたいものだ。何もかもが派手なのだ、雰囲気も顔の作りも人目を引く。 「クローディアって女が」 疑問符を並べながらも身構える娘と暗殺者との間に身体を滑り込ませた。 黙って守られる女ではなかろうが、彼女の意志を全て尊重していては仕事にならない。 「いるだろ?」 暗殺者は一気に間合いを詰めてきた。 手にしたナイフは早速肉を抉ろうとギラギラと輝く。 「面倒だな」 刀の鞘でそれを弾き返し、クローディアに腕を伸ばした。 乱暴にクローディアの手を掴むとそのままグレイは走り出す。 「こっちだ!」 こんな目立つ場所で襲ってくるものだろうか? 広場の真ん中、警備隊の詰め所も目と鼻の先、人を殺めるにはまるで向いていない。ことを成し遂げ、逃げ切る自信もある……相当の腕前か、ただの馬鹿か。 馬鹿である方に賭けてむざむざ殺されてやるつもりもない。 住宅街は駄目だ、騒ぎになるし、冒険者が逃げ込むには目立ちやすい。 となると町中のどこか。 無茶苦茶な道筋を辿りながら、グレイは走った。 クローディアは足をもつれさせることなく、しっかりとグレイのスピードに合わせている。 その後ろからは暗殺者が追っていた。 「グレイ!」 人気の少ない路地裏に入ったところで咎めるようにクローディアが声を上げた。 「……逃げきれないか」 「意外ね。逃げるつもりだったの?」 「いいや」 グレイは気持ちいいとは言いがたい笑顔を貼り付ける。 腰の刀は血を求めるようにカタカタ唸っていた。 口うるさい刀のことだ、早く使えと騒いだとしても不思議はない。 「人がいない方がやりやすい。君にも手伝ってもらうが、構わないな?」 「えぇ……身にかかった火の粉くらい、払えるわ」 「頼もしい」 暗殺者は目前まで迫っていた。 グレイは刀に手を掛けて、その訪れを待つ。 旅の連れとなったクローディアがどの程度使えるのか、試すいい機会でもあった。 __________________________ グレイ編にはいないんですが、やっぱりクロにはブラウとシルベンが必要なので。 苦労するグレイ、振り回されるグレイ、とかが多くなると私が楽しい。 急に子供が三人出来ちゃった★みたいな感じ? ちなみに獣二頭加わった結果、本来PTにいた詩人さんとメルビル帝国兵が消え去ることに。 詩人さんいなかったらクロ嬢守るどころじゃなかったんだけどね、実は! 2005.7.30 |