[ cry ]




 身体全体に伝わる律動に、アタシは目を細め、獣の鳴き声で応える。
 アタシを支えるがっしりとした腕は好きな男のもの。
 汗を散らし、艶っぽい息遣いを繰り返しながら、見下ろしてくる濡れた瞳も好きな男のもの。
 普段は何も考えてなさそうな能天気な顔で笑っているのに、今は切なそうに表情を歪めて何ともつかない声を上げている。それがたまらない。
 切れ切れに互いの名を呼び、アタシの世界は白く飛んだ。
 
 
 
 腕の中でアタシはまどろむ。
 ちゅっと耳元にキスをされて、くすぐったさに身を捩った。
 
「ばか、ねむいのー……」
「俺も構ってほしいんだよ、ご主人様に」
 
 犬みたいとからかっているうちに、ジャンの中でお馬鹿で可愛いワンコのご主人様=アタシという設定が固まったらしい。
 ときどきそんな冗談を織り交ぜてくるようになった。
 第2戦はワンコのご奉仕ってわけね。
 アタシは楽しげに笑うジャンの口元に手を当て、待てと指示する。
 
「待てないよ」
 
 さすが駄犬。
 ぺろりと指先を舐めて、口に含む。
 指の股まで舌が這い、手の甲からだんだんと肩の方まで昇ってきた。
 
 トントン。
 
 静かなノック音に行為は中断された。
 離れた舌の痕がひんやりと冷たくなる。
 
「ジャン、いるんでしょ?」
「……」
「ジャン?」
 
 ドアのすぐ外から聞こえてくる声はよく知らない人。
 でもジャンの態度でその正体は一目瞭然だ。
 
「出なくていいの?」
「出た方がいいのかな」
 
 アタシは黙って頷いた。
 
「わかった。いい子で待ってろよ、ミリアム」
 
 ズボンを履き、シャツを被ると、玄関に向かった。
 寝室のドアは閉められて、ジャンと女の声が薄く耳に届くだけになる。
 会話の内容はよく聞こえない。
 
 ベッドから起き上がって、アタシも身支度を開始した。
 脇に脱ぎ捨てた下着を元通りに付け、ソファに置かれた残りの服を羽織る。
 帽子はあるのにいつもの髪留めは見当たらない。
 
「お待たせーって何やってるんだ?」
「帰るのよ」
「えっ、つ、続きは?!」
「しない」
 
 呆けて口を開けっ放しにしているジャンの脇を通り抜け、狭いリビングを見回した。
 お気に入りなのに、どこに放ってくれたんだか。
 
「ねぇ、ジャン。アタシのリボン、どこに置いた?」
 
 こっちの質問には答えず、ジャンが不満げに息を吐く。
 
「まだいいじゃないか」
「やぁよ。アンタ、寝かせてくれないんだもん」
「……違うだろ、ミリアム」
 
 そう。違う。
 あの人が来たから、帰ることに決めただけ。
 
「モニカは好きだよ」
 
 現在形で言った。
 そのことで胸が痛んでるなんて、ジャンにはきっとわからない。
 
「でも、お前とは違うからさ……少しは俺を信じてくれよ」
 
 嘘をつけない人だから、ジャンの言葉は本当なんだろうと思う。
 だから『モニカが好き』も本当。
 
「信じてる」
 
 口だけで伝えて玄関に向かう。
 ないならないでこのまま帰ればいいかと諦めた。
 とにかくこの部屋以外の場所で眠りたい。
 
「本当に?」
「本当」
「じゃあこっちを向いてくれないか、ミリアム」
 
 それには首を左右に振って答えた。
 
「帰るの。おやすみー」
 
 ひらひらと手を中に舞わせて、ドアの前に立つ。
 冷たい空気が火照った体の表面を一時的に冷ましてくれた。
 目も同じように覚める。
 
「帰さないよ、ミリアム」
 
 アタシよりも早く、ジャンの手がドアノブに掛かった。
 もう一方の手は腰に回り、軽々と持ち上げられる。鍵をかけたみたいにがっちりとジャンの身体に留められて、身動きのしようがなかった。
 
「なぁ……いつになったら俺を受け入れてくれる?」
 
 きつく抱き締めてくる腕をアタシは拒まない。
 重ねられる唇も、アタシの胸に悪戯する指先も、間近で感じる暖かな身体も。
 一度だって拒否しなかった。
 それだけじゃ駄目なの?
 
「好きよ、ジャン」
 
 本当に好き。
 愛してる。
 
「……俺も、ミリアムが好きだ」
「あはは」
 
 なのにどうして、信じてあげられないんだろ。
 
「好きだ」
 
 せっかく着た服を乱暴に脱がされる。
 さっきはもっと優しかったのにね?
 でも嫌いじゃないから、されるがままになる。
 
「ミリアム……っ」
 
 破れた服の弁償はちょっと高級なお店でしてもらおう。
 アタシは怖い目をしたジャンを見ながらくすくす笑った。













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愛してとは言わないから、とは逆に愛の言葉を信じないミリアム。
最近妄想するジャンミリは色っぽい感じ多め。
メインのグレクロではこの手のネタ全く出てこないのにw



2009.1.11