[ ふたり×ふたり ]



 宿くらい、決めておくべきだった。
 グレイは目を細めて、町を流れる水路を見つめた。
 クリスタルシティほどの大都市ともなると、人を探すのも楽じゃない。
 思考を邪魔する喧噪と、隣にいる女の声が彼を少し苛立たせた。

「グーレーイー!」
「……」
「ジャンがいないんだけどぉー!」
「……」
「ジャンジャンジャンジャン! ジャンの馬鹿!」
「……探しているから、黙っていろ」
「んもう、なんであんたと一緒なの? ジャンと代わってきてよ」
「……」

 連れの女の騒ぎように、グレイは口唇の隙間からため息をこぼした。
 はぐれてしまったもう一人は静かな女だった。
 一緒にいることが気楽で、旅の連れとするには満足の行く強さも兼ね備えていた。
 そばで守り続けることがいつしか甘い苦痛へと変化してしまったが、それでもグレイは彼女と共にいることを。
 ……たぶん、望んでいる。
 自分でも笑ってしまう。
 滑稽なほどに、グレイは彼女を求めていた。

 早く、探さなくては。








 きょろきょろと左右を見回し、見慣れた姿を探す。
 あれでいて結構目立ったりもするのだ、好む好まざるに関わらず。
 いれば見逃しはしない。
 野生のカンと、抜群の視力、そしてごく一部にしか向かない観察力の高さのために、ジャンは人探しが大の得意だった。
 任せて下さい、あっと言う間に見つけて見せます、と豪語したものの、結果はこの通り。
 未だ合流できないままで、一時間ほど経過してしまった。

「えぇっと……」
「困ったわね、はぐれるなんて」
「そう、ですねぇ……」
「あなたが何も考えずに人を引っ張るからよ。反省して」
「す、すみません! あまりに美しかったので、お気に召すんじゃないかと思ったものですから!」
「そういうことはミリアムに言って」

 これは相当に怒っているらしい、とジャンは笑顔の裏側で焦っていた。
 彼にとって笑顔は全てに対応する社交術、笑わないよりも笑っている方が世の中はうまく行くのだ。
 自分自身が頭脳明晰とはとても言えないことくらいは知っている。よくもまあ、難関の試験を通り抜けて親衛隊になどなれたものだと内心では思っていた……それもほんの一握り分の感想で、最後には実力がモノを言ったのだと自画自賛する辺り、図々しいことこの上ないが。
 剣の腕と、その心を買った、と彼の上司は臆面もなく言ってのける。
 お前に頭脳は期待していない、ただ己を信じて全てに良いようにすればいい。
 故に、ジャンは笑顔を絶やさない。

「本当にすみません。グレイの奴も我々を探しているでしょうし、大丈夫ですよ。すぐに会えます」
「……どうかしら」

 安心させようと、笑顔と明るい声で話し掛けた。
 クローディアはチラリともこちらを見ることなく、服の布地を両手でしっかり掴んだまま、柳眉を寄せている。
 ……想像の範疇だが、どうやら、沈み込んでいるらしい。
 そういえば、グレイと行動を共にしていない彼女など、彼を紹介して以来見ていないのだということを思い出した。
 グレイと離れていることで、不安を感じているのではと思い当たって、ジャンは言葉を続けた。

「グレイは約束を守る男です。あなたを必ず見つけ出しますよ」

 ほんの少し、クローディアが視線を上げた。

「わかってるわ」

 声に力と自信がこもる。
 もちろん、それはほんの小さな変化だ。
 少しでもクローディアを元気付けられたのかもしれないと、ジャンの顔に笑みが広がる。
 グレイを探すという特別任務にも一層気合いが入ったのだが。

「だからじっとしていて。どうせ見つけられないのだもの、無闇に動くなんて愚の骨頂だわ」

 クローディアの言葉に、ジャンは手を叩いて「さすが、クローディアさん!」と同意を示す。
 実際のところ「ジャンが動いても無駄」と見事一刀両断されたわけだが、その事実に彼はまるで気付いていなかった。
 クローディアが元気になってくれることが、ジャンにとって最優先事項であり、彼女の無意識の毒舌など初めから気にも留めていないのだ。
 ジャンはポジティブ思考の、実に幸せな男だった。








 人混みを嫌うクローディアだから、と神殿の方まで足を伸ばしてみたが、姿は見えなかった。
 やはり元の場所に戻るべきかと、不言実行の固まりであるグレイは、一人でさっさと歩き出した。
 神殿前に飾られる花の影などを覗き込んでいたミリアムは慌ててその後を追いかける。
 一時期はパーティを組んで荒稼ぎをした仲だ。グレイの行動のアレコレに文句を言う気はないらしく、追い付いたところで何事もなかったかのように話し掛けてくる。

「大丈夫かなぁ」
「クローディアも一緒にいるはずだ。心配ない」
「ジャンじゃないってばぁ! 彼は一人でも大丈夫。お馬鹿かもしれないけど、子供じゃないのよ?」

 何やらもの言いたげな視線を感じて、グレイは首をほんの少し隣に向ける。

「アタシ、思うんだよね。彼女、今スッゴイ不安なんじゃないかってさ」

 神殿前からこっそりネコババしてきたらしい花をステッキ代わりにくるくる回し、放り投げると器用に後ろ手でキャッチする。
 冒険などよりもこっちで商売した方が儲かるんじゃないか、と思ったが口にはしなかった。
 口にしたことで騒がれるよりも、黙って流した方が賢明だ。

「ジャンもいる」
「確かにジャンが傍にいるかも、だけどさー、いっつもいてくれる人がいないのって、結構デカイよ?」
「そこまで頼られていないんでな」

 脳裏に抱く彼女の姿はいつも獣のように気高い。
 弱さを見せたのは、ただの一度だ。あの一件を除いて、クローディアに頼られた記憶などない。

「あーらら。わかってないね、グレイ。アタシだって寂しくなっちゃうし、それは彼女も同じじゃない?」
「……」
「クローディアも女の子なんだよ」

 ミリアムとクローディアが同じなど、とても信じられるものではない。
 もっともグレイはその言葉もまた、口にする愚は犯さなかった。








 クローディアの提案に従って、ジャンは動き回ることをやめ、はぐれる直前の場所へと戻ってきていた。
 グレイもそろそろ振り出しに戻ることを考える頃だろう。

「あと少しだけ待って、それでも来なかったら酒場へ行きましょう」
「はぁ、それもそうですね……宿も取らないと行けませんし、こうなるとばったり会う確率の方が高そうですから」
「目的地は一緒よ。そこまで気に病む必要はないわ」
「そうですねぇ……」

 いつも通りの調子を取り戻したクローディアの言葉に答えてはいるものの、ジャンは心ここにあらずでそわそわし続けている。

「ジャン、何か気になることでもあるの?」

 脳内を占めていたグレイ探しという任務が取り上げられ、今度はもう一つの重大事が気になりだした。
 いや、先程まではそれとグレイ探しは見事に重なっていたことだったのだ。

「えぇ、ミリアムが……」
「ミリアム?」
「グレイと一緒にいてくれればいいんですが、一人だったらと思うと、気が気でないと申しましょうか」
「そう」

 もし、同じようにはぐれていたら、彼女はひとりぼっちだ。
 冒険者としての力を軽んじているわけでは決していないが、何かあったときに真っ先に狙われるのはやはり女の方だ。
 万が一、もしも、と悪い想像を繰り返し、あの細腕を思い出しては背筋を寒いものが走り抜ける。

「あ、いえ、その! 女性の一人歩きは、どこでも危険ですから! 油断は禁物ですよ!」
「何故慌てるの? ミリアムを心配していることくらい、私にだってわかるわ」
「あ、慌てるだなんて止して下さいよ! いやもう、ほんとグレイの奴はどこに行ったんでしょうかね!」
「ジャン」

 誤魔化すつもりかいつも以上に大きな声で笑うジャンにクローディアは至って冷静な態度で制した。
 風に乱された髪の毛を軽く梳いて、目を細め、そして何でもないことのように一言つむぐ。

「いたわ」
「はい?」





 グレイは言葉を発しなかった。
 だからミリアムは、傍らにいた彼が突然駆け出したときに、何が起こったのか全く理解できないでいた。
 置いてけぼりにされた、とまず気付く。
 彼は狙いを定めて走っている、と次に前方を見る。
 そこでようやく、見たような銀髪と、目の覚めるような美人の連れを視界に確認した。

「あぁー! グレイ、ずるい! 一人で行くなんて!」

 既に距離はだいぶ開いてしまった。
 クローディアのような関係ではないなりに、一応はミリアムもグレイの仲間のはずだ。
 それをまるで存在しないもののように置いていくなんてひどすぎないか、とさすがに憤慨する。
 一緒に連れていってくれとまでは言わないが、ほんの一言でいいから教えてくれたっていいじゃないか。
 だって、走る先にいるのは彼のクローディアだけではないのだから。








 グレイの姿を認め、ジャンは思いっきり手を振った。
 後ろから、赤と黒の配色が鮮やかな女術士も……やたらと距離は開いていたが……ついてくる。

「勝手な行動を取るな」

 開口一番の説教もにっこり聞き入れ、これからは気を付けると誓って、また笑う。

「無駄な時間を過ごしたわ」
「全くだ」
「まあ、会えたんだからいいじゃないですか。あとはミリアムだけど……一緒に連れてきてやれば良かったじゃないか、グレイ」
「俺はミリアムのお守りまではしない」
「そりゃあ……おやさ……しいっ、わ……ねっ!」

 遅れて到着したミリアムは肩で息を繰り返し、クローディアが買ってきた飲み物を受け取ってどうにか落ち着こうとしていた。
 一気に飲み干し、空いたコップを両手に握りしめ、深呼吸を二度三度と続けた。

「大丈夫か、ミリアム?」

 心配の声を上げるジャンに答えるよりも先に目前のグレイにくってかかる。

「もう、サイ……ッテー……! 少なくとも無言で行くのはありえないんだから!」

 グレイの方もそれには答えず、ジャンに向かってミリアムとは違った意味の鋭い視線をぶつける。

「自分の女くらい、自分で管理しておけ」

 目の前で唸るミリアムの肩を押して、ジャンの方へ追いやる。
 もちろんそれを支えることは忘れなかったが、どちらかといえば条件反射の域だ。
 しっかり抱き留めた腕とは裏腹に頭の方は混乱しているようで、どもって言葉を返した。

「わ、な、何言ってるんだ、グレイ! お、女とか、その……ち、違うって、俺は別に……!」
「あんなに心配していたでしょう。何故喜ばないの?」
「くくく、く、クローディアさんまで……っ」
「ねーえ、『俺は別に』どうなのか聞かせてほしいんだけど、ジャン?」
「わ、ミリアム! 深い意味は全然!」
「そりゃそうでしょーねー! アンタ思いつきで喋るもん!」

 グレイとクローディアの先制をまともに受けたところで、今度はミリアムの声がさっくりとジャンを貫く。
 わたわたと焦りながら深い深い墓穴を掘り続けるのも、彼らにとってはいつものこと。

「……すまない、目を離した」
「そんなこと気にしてないわ」
「お前が気にすることじゃない。俺が気にしたいだけだ」
「……わからない人」

 一方では淡々とやり取りを終えた二人が、今夜の宿を言葉少なに決めていく。

 なんだかんだで、しっくりと行く形が見えたような、見えないような。











__________________________

ちょっと気分を変えて、相手を交換してみました。
うん、グレクロとジャンミリを一緒に書きたかっただけ!



2007.5.3