[ 戯言 ] いつから、自分はこのような生き方を選んだのだろう。 自由を愛した。 強さを愛した。 戦いを愛した。 愛と呼ぶにはあまりに殺伐とした感情で、グレイは自分の道を定めた。 いつからだったか? はるか昔……少年らしく夢を持っていた頃の自分とは果たして何者だったのか。 実際のところそう遠くない過去だったはずだが、思い出せぬのもまた事実。 そこまで変わったのか。 それとも過去すら捨てたのか。 残滓に惑わされる人生などまっぴらだが、何一つなかったような気にさせられるのも不快だった。 オウルがその寿命を全うしたのを看取って、数日が経った頃のことだった。 唯一の身寄りを亡くし、共としていた獣とも別れたばかりの彼女を時も置かず国外に連れ出すのは得策ではない、と判断したグレイはもうしばらくのメルビル滞在を決めて、未だ宿屋の一室で杯を揺らしていた。 酒が特別好きだというわけでもないが、他にすることもない。 守るという約束がある以上、クローディアを置いてベイル高原あたりでモンスター退治というわけにもいかず、時間を持て余すばかり。 個人的な楽しみというものをまるで持たないグレイに残った選択肢は、多いとは言えない。剣の手入れか、酒か。結局そのような選択肢以外浮かばず、今日もまた無為な午後が過ぎていった。 クローディアもそれを感じ取っていたらしく、無言で旅の準備を始めだしていた。 急ぐ必要はない、と告げたものの、首を振って拒否される。 「明日には出るわ」 「君がそう言うなら、止めはしない」 クローディアは頷くと、小さく感謝の言葉を漏らす。 弓に弦を張り直したところで旅支度が終わり、そのまますくと立ち上がったクローディアは古ぼけたチェストの上のランプに火を灯した。 彼女の無駄のない振る舞いを何とはなしに見ていたグレイは、そこでようやくカーテンの隙間から伸びていた夕陽の色がいつのまにか闇のものとなっていたことに気付き、杯に残った酒をそのままテーブルに放置し腰を上げる。 「グレイ」 そろそろ食事にでも出た方がいいだろう、と壁に立てかけてあった剣に手を伸ばしたところで呼び止められる。 「あなたの話を聞かせて」 決して人に立ち入ろうとしなかったクローディアが初めて他者に関心を寄せているかのような言葉を口にした。 しかし言葉通りの興味本位から出た台詞でもなさそうだと、目を細める。 「何を?」 「何でも。あなたが話しても構わないことならば」 人に自分のことなど語ったことはなかった。 それを求められることは少なくなかったが、話したところで何が変わるでもなく、誰かに関心を持たれたいとも、また自らの過去をさらけ出したところで得になる気もせず、結局「必要ない」の一言で(時には無言のまま)それ以上の質問を許さなかった。 「面白いことなどない」 「面白い必要などないわ。そんなつもりで話されても退屈するだけだから」 クローディアを他の者たちと同じ定規で測っても意味がないことだ。 このわずかな期間で理解していたつもりだが、それでも時折思ってもみない発言に驚かされる。もっとも人に気付かれるほど表情に変化は見られないはずだが、クローディアは見透かしたようにグレイの目をじっと見つめてくる。 不本意、というわけではないが、目を背けるのも憚られて、目を合わせたままいつもの調子で言葉を返した。 「何もない。ただ戦い、財宝を手に入れ、また探しに行くだけだ」 「財宝があなたの欲しいもの?」 そのようなものを? そこにこもっていたのは侮蔑というよりも単純な疑問にすぎず、クローディアらしく思えた。 森と共に生きてきた彼女にとって財宝など何の価値もないであろうことは想像に難くない。 「ほとんどが依頼だ。俺個人の目的は手に入れることで終了する」 依頼を受ける以上、報酬として金は動く。 が、金自体にどれほどの関心があるかと問われても、繰り返してきた冒険のおまけ程度にしか考えていない。 強さを求めているにしても、やはり答えは同様のものでしかない。 「じゃあ何を求めるの?」 「何も」 「戯言ね、子供のような」 自分は今、彼女の言葉に腹を立てたのだろうか。 胸の内が熱く、口にした酒の味すら忘れた。 ならば君は何を求める? 喉の奥で発された言葉は、声になることなく、代わりに出たのは妙に納得した声音だった。 「……子供か」 過去など馬鹿にしていたが、成る程彼女の言う通り、自分は少年の頃と変わらぬ愚か者なのかもしれない。 見つめる先が変わっただけで本質はそのまま。 思い出せぬのも当然だ。 それが現在そのものならば。 声を上げて微かに笑ったグレイにクローディアもまた驚きの表情を見せた。 __________________________ グレクロを甘くしてみようと脳内で頑張るものの無理でしたという一品。 いやまああれだよね! この話どこいじれば甘くなるのかも謎だよね! 別に二人旅してるわけじゃないんですが、これだとそう読めますね。 しかもナチュラルに同室だと思っている私って一体。 2005.6.12 |