[ 点火、5秒前 ]




 海辺の町は何だかんだで結構好き。
 生まれ育ったエスタミルも一応海の町ってやつで、慣れ親しんでるせいもあるかもしれない。
 このキューティクルくるっくるの髪には潮風ってよくないんだけど。
 だからこそのマル秘テクなんてのもあったりするんだけど、この苦労は男どもには内緒だ。
 乙女は陰でこそこそ努力するもの。
 苦労は隠し、さも当然という顔で「君の髪、綺麗だね」っていう賞賛の言葉を受けなければならないの。
 これ、アタシの持論。

「ミリアムー? いないのかー? ミリアムー?」

 普通に生きてたら、知り合わなかったかもしれない、バファル帝国の騎士だかなんだかの脳天気な声がアタシの名前を何度も呼び続けている。
 町の灯りを避けて……といっても感傷的な理由じゃなくて、海に映る灯りがイイ感じだったから……ちょっと暗いところにいたアタシは、ジャンの姿を確認して大きく手を振った。

「こっち、こっち!」
「ミリアム?! どこだー!」

 ジャンはてんで違う方向に対して叫び出す。
 あっきれた……どこまでも天然というかお馬鹿というか。
 お仕置き代わりに、背中に向かって一直線に体当たりをかます。

「うわっ……と、と、と」

 バランスを崩したジャンの背中にしっかり抱きついて、彼がよろよろと体勢を立て直すのを待った。
 密着してるから、普段気付かない髪の香りに「うわーっ」と内心声を上げる。
 ……この香り、アタシ結構好きかも。シャンプー? ムース? ワックス? なんだろ。

「ミリアムか、よかった! 火を貸してくれないか? 誰も持ち合わせていなくてねぇ」

 人の顔を確認するなり、いきなりそれかい。
 アタシを何だと思ってるのさ、ジャンは。

「もう! アタシの炎はライターじゃないんだからね!」
「ハハハ、悪いな」

 満面の笑顔で謝罪されても困る。
 全然謝る気ないじゃんか。なのにもうアタシ、許した気分になっちゃってるじゃんか。

「で、何なの? タバコ吸う、なんて理由だったら、アンタごと燃やしちゃうから」

 すとんっとポーズ付けつつ、ジャンの背中から降りた。
 背中もいいけど、顔見たいし、なんてね。

「違うって。こ・れ」

 もったいつけたジャンは大きな紙袋をどこからか持ち出した。
 いやほんと、どこから持ってきたのよ、アンタ。

「花火だよ、花火。見たことないのか、ミリアム」
「……見たことくらい、あるけど」

 驚いていたのは、花火に、じゃないんだけど。
 それについて深く追求するのはやめた。
 たぶん、きっと、暗いから、道に置いてあったのを見逃しただけ。
 魔法みたい、だなんて思ったの、絶対言わないことにする。

「やったことは?」
「ない、かな」
「そりゃよかった」

 やったことないのが、いいのかどうかはともかく。
 ジャンはテキパキと花火の準備を始める。
 紙袋の中から小さなバケツを取りだして、海から水をすくったり、ちょっと頼りなさげなロウソクを立てたり。
 指を舐めて神妙な顔をしているのは、風向きをチェックしようということなんだろうけど、おあいにくさま。今日はちっとも風のない夜。
 でもジャンらしいか、そういうのって。

「ちょっとした貰い物なんだよ、これ。ミリアムとやろうかと思って、探してたんだ。決して、火のためなんかじゃないぞ?」

 手渡された花火を左手に持ちかえて、アタシは請われるままにロウソクに灯をともす。
 見た目じゃわからないかもしれないけど、小さな炎って結構、神経使うんだから。
 そう文句を言ってやったら、ジャンはさっきと同じように笑って謝った。
 そしてアタシはまた何も言えなくなる。ズルイ。



 パチパチシューシュー、赤黄緑白青。
 ジャンの手にした花火と、アタシの花火と合わせて遊んだ。
 グルグル振り回して、ジャンを追いかけて、消えたところでまた新しい花火に火を付けた。
 線香花火はクローディアが気に入りそう、とか思ったりした。

「アタシの炎も、これくらい綺麗に見えてるかな」

 おっきな花火しか見たことなかったから、ホント、新鮮。
 嬉しい。
 なんかもう、すっごく、めちゃくちゃ、幸せな感じ。
 綺麗で綺麗で、それが今自分の手の中にある。
 だからちょこっとだけ思った。
 武器としての炎と花火と、同じくらい綺麗に見えるのかなって。

「んー?」
「だから、アタシの炎も……って、もういいよー。ジャンってば、全然聞いてないもん」
「聞いてるさ。大丈夫、綺麗だよ」

 何が、ってとこを言わないもんだから。
 アタシは何だか恥ずかしくなって。
 掴めるだけの花火の束に一気に火を付ける。
 胸のドキドキとか、ジャンに聞こえるわけないけど。
 たくさんの花火が出す「シュー」という音で誤魔化せないかな、なんて、馬鹿みたいなこと考える。

「それって、この花火と同じくらい?」
「そうだな、負けないくらい綺麗だ」

 ジャンは大事なとこを抜かしたまま、綺麗綺麗を連発する。
 そのまま、ずっとずっと。

「いつも綺麗だと思ってるさ」
「ホント?」
「男に二言はない! 俺が綺麗だと言ったら、それは間違いないからな」

 勘違いでもいいよ。
 綺麗ってのは、アタシのこと、だよね?













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ぎゃあバレたよ!という記念(?)に。
ジャンミリ教祖くうやん様にこそっと(またか!)心ばかりの捧げものを。
受け取って下さると嬉しいです……!
実はこのタイトル、前に「ハートに」が付きます。アホか。




2005.8.5