[ ベッドタイム/2 ]




 ごろんごろん。
 ユリアンは簡素なベッドの上で何度も寝返りを打つ。
 別に先日までの(ユリアンにとっては)豪華なベッドを懐かしんで、というわけではない。
 隣のベッドから聞こえてくる規則正しい寝息も、眠りを誘う歌にはならなかった。
 枕が変わろうが、いきなり宮廷暮らしになろうがお構いなしに、どこでも寝られるのが自慢だったのに。
 頭の中がごちゃごちゃだ。

「はぁ……」

 不用意に起きあがることもできない。
 起きあがって、ふと隣へ視線を遣ったら、最後の理性が吹っ飛んでしまう。
 成り行きとはいえエレンと同室なんて、絶対に断るべきだった。
 いっそ廊下に出て適当なところで寝てしまおうか。音を立てないように気をつけて、トイレにでも行くのだと思わせておけば問題ない。
 そう考えて、ユリアンはゆっくりと体を起こした。

「ユリアン、眠れないの?」
「うわっ……起きてたのか、エレン!」

 言葉にしてしまってから「起こしてしまった」という表現が正しいだろうと首を振る。
 モンスターとの戦いの毎日の中で、彼女の周囲に対する察知能力が増したとしても不思議はない。
 ちょっとした動きでも、無意識に感じ取ってしまうのだろう。

「アンタが寝返り打ってるばっかりだから、ちょっと気になってね」
「ご、ごめん」
「いいよ。何か飲もうか」

 未だ視線を向けられない隣のベッドから、エレンの起きあがった気配がする。
 しばらくして、部屋のロウソクに火が灯された。

「ユリアンも無理して寝ることないよ。そのうち眠くなるから」
「……ん、わかった」

 長い髪を下ろしたエレンは普段の印象を吹き飛ばしてしまうほど、女性らしい。邪魔だから、と高く結い上げた髪も好きだが、この雰囲気も好きだった。エレンが髪を下ろした姿を見られたのはシノンの若者の中でもユリアンとトーマスくらいのもので、あの頃は少々特権めいて考えていたことを思い出した。今考えると、幼稚な優越感ではあったが。
 エレンはカバンを漁り、手の平に収まるサイズのビンを取り出す。いざというときの消毒薬代わりも兼ねて持ち歩いている酒は少々アルコール分が高く、そのまま飲むと喉が焼け付きそうな代物だ。サイドテーブルに置きっぱなしの水で割ったものを二つ用意すると、片方をユリアンに差し出した。
 もごもごと口の中で礼を言い、ユリアンはグラスの中の液体に視線を落とす。手の中で揺らすと、灯りを映して緩やかにきらめいた。

「何難しい顔してるのよ、らしくないわね」

 エレンはユリアンと向かい合う形で自分のベッドに腰掛け、軽くユリアンのグラスに自分のグラスを合わせる。室内に「カチン」という涼しい音が響いた。
 その音が消えると、再び夜特有の静寂が戻る。

「エレン」

 グラスに口を付けたエレンが返事代わりに、やや首を傾げる。

「オレ、やっぱり外で寝る。エレンが一緒だとさ……落ち着かないよ。嫌とかじゃなくて、やっぱりオレも、男だからさ」

 言うだけ言って立ち上がった足をしたたかに蹴りつけられる。

「いてっ!」
「それじゃあたしが本当に追い出したみたいじゃないの。いいからココにいなさいって。話でもしてれば眠くなるから。何だったら夜明かしして語り合う?」

 久しぶりだものね、と嬉しそうな顔で言われたら、断れるわけがない。
 一旦固めた決意はずるずると元の場所に戻ってしまう。
 どうしてこんなにもエレンに弱いのだろうか。何度も考えた永遠の疑問と共にユリアンは再びベッドに座り直した。






 あえて……かどうかはともかく、二人の間に「プリンセスガード」についての話題は出なかった。ユリアンも言い出さず、エレンも自分から聞こうとしない。どちらの口からも語られるのはシノンに暮らしていた頃と同じような、雑多でとめどない話ばかりだ。
 今の仲間の話、昔話、これからの話……一時間を過ぎようとした頃、エレンは目の前の幼なじみが言葉を返さなくなったことに気が付いた。
 首を垂れ、グラスを包み込んだ両手は危なげに膝の間に落ちている。

「……寝ちゃった?」

 エレンは柔らかく微笑んで、グラスを取り上げると、ユリアンの身体をゆっくりとベッドの上に横たえる。
 昔からこうなのだ、この幼なじみは。
 他愛ない話をしている内に、すっと眠りに入ってしまう。
 ユリアンが覚えているかどうか知らないが、何度かこうやって寝かしつけたことがあった。

『怖い夢を見て、ねむれないんだ……どうしよう』
『バカね、だいじょうぶよ。ユリアンにはあたしがいるもの』
『エレンが?』
『うん。怖いものが来てもあたしがやっつけてあげるから』

 あれはいくつのことだったろう。
 話をしながら、一緒に寝てしまったっけ。

 子供の頃のように頬におやすみのキスをしようとして、エレンは動きを止めた。

『やっぱりオレも、男だからさ』

 先程の言葉を思い出し、お互いにもう子供でないことを改めて心に刻む。
 いつまでも同じでいられないのが、幼なじみの寂しいところだ。

「男、か。まだそう言うには頼りないけどね」

 代わりに毛布をユリアンの肩まで引き寄せて、軽く頬を叩く。
 少し顔をしかめたが、数秒後には何事もなかったように安らかな寝顔に戻った。

「……おやすみ、ユリアン」

 ロウソクの炎を吹き消して、エレンも自分のベッドの中に潜り込む。
 見る夢はきっと、幼い頃になるだろうと思いながら。








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一話目とエライ違いだ(苦笑)
ギャグにすりゃよかったか。



2003.8.16