[ ふたりごと ]




 傍にいるだけの男になんてなりたくなかった。
 いつまでも眩しく思う自分では嫌だった。
 背中を見つめる心地よさに甘えたくなどなかった。

 幼い頃にシノンに引っ越してきたオレは、エレンと一緒に育った。
 いつも元気付けてくれたエレンを「好き」だって思うのに時間はかからなくて。
 そしてそれが恋に変わるのにも時間はかからなくて。
 なのにエレンにとってオレはどうしても「男」になれなかった。
 守られてるばかりじゃ、当たり前かもしれない。
 同時に、オレが強くなりたいって思い始めたのも、当たり前。
 強くなれば、エレンにちゃんと意識してもらえるかも、なんて単純だったけど。
 そうやって一歩一歩置いた距離は、オレ自身にも幼なじみという関係を見つめ直す時間をくれた。

 エレンのことが好きだよ、すっごく。
 だけど一緒にいるだけが全てじゃないと思うんだ。
 プリンセスガードに入ったことだって、ちゃんとオレなりに考えての結果。
 エレンは、自惚れ抜きにきっと寂しがるだろうと思ったし、もしかしたらオレとのこと、考えてもらうチャンスになるかもしれない。
 打算と信念を足して2で割ったら、それがたぶん、オレのホントの気持ち。



「なぁ、トーマス」
「ん?」
「オレの選択って間違ってなかったよな?」
「さぁな。エレンはお前がモニカ様を好きになったんだって思ってるみたいだけどな」
「……そう思われても仕方ないか……あー、早まっちまったかなぁ!」
「実際、ちょっとよろめいてただろ、お前」
「ま、まさか! モニカ様にだなんて、恐れ多くて考えらんねーよ」
「考えられない、ってヤツは大抵考えてるもんさ。美人だしな、モニカ様は」
「そりゃ美人だし、優しいし、女の子らしいけど……でもオレが好きなのはエレンだからな」
「仕方ない。そういうことにしておいてやるよ」
「トーマス!」







 最初のうちは別に何とも思ってなかった。
 離れていくときに感じた痛みも答えを知らなかった。
 いつのまにか変わっていった姿に、あたしは初めて戸惑った。

 ユリアンとサラがそばにいるのが当たり前。
 トムが穏やかに笑って、そっと見守ってくれているのが当たり前。
 困ったときは四人でどうにかやっていったのが当たり前。
 二人を守る毎日が当たり前。
 だって、二人が大切で、傷つけたくなんてなくて、一生だって守ってあげたかった。
 あたし自身の人生を見つけることよりも、そっちの方が何倍も重要なことだった。
 それがある日突然置いてけぼり。
 ユリアンはプリンセスガードに入っちゃうし、サラはトムと一緒にピドナに行っちゃった。
 気が抜けて、力も出なくて、もしかしたらずっと私はそこで固まったままになっていたかもしれない。
 無理矢理ハリードに連れ出されなかったら、絶対そうだったに違いない。
 残念ながらハリードは強くて、到底守る相手にはならないんだけど。
 つまりこの胸の喪失感を、埋めてくれる人じゃない。(こんなこと言ったら、甘えるなって怒られそうだ)

 ようやく再会できたというのに、ユリアンはもうあたしが守るような存在じゃなくなってた。
 戦いには一番に飛び出して、どんどん敵を倒していって。
 ……本当はすごく優しくて、傷つけたりなんて出来ないヤツだったのに。



「ユリアンも、見つけたのかな」
「何を?」
「守るもの」
「……そうかもしれないな、エレン。気になる?」
「うーん……喜ばなきゃ駄目だよね。ユリアンが強くなったのは、それを見つけたからでしょ?」
「素直に喜べないって顔してるぞ」
「こないだまで、あたしが守ってたんだもの」
「それだけかな」
「何よ、トム」
「何でも?」







 なぁ、エレン。

「あのときさ、ホントのところどう思った?」
「あのときっていつ?」

 エレンから離れようって決めたあの日。

「あ、いや。ちょっと気になったけど、また今度でいいや」
「また今度って……あのときってだからいつのことよ?」
「また今度はまた今度。あのときはあのとき」

 確かにちょっとはフラついてたかもしれない。
 浮かれて、ぽーっとなっちゃって。
 情けないオレだけど、君への思いは変わらないよ。







 ねぇ、ユリアン。

「あたしとアンタってさ」
「うん、オレたち?」

 もう、そういう風にはなれないのかな。

「……やっぱやめた」
「え、何で? 途中でやめたら気になるだろ」
「今はいいのよ、今は。あたしもよくわかんなくなってきちゃった!」
「オレだってわかんないよ!」

 なれない、なんて決めつけるのはもうやめる。
 人生どこでどうなるかわからないんだ。
 今日、みたいに。









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トーマスをちゃんと出そうと思ってやっぱりやめてみる。



2003.7.15